『卵』
2016-03-27 Sun 15:42

「・・うまくいかないなあ・・」
ジョーはふうと大きく息を吐くと、また真剣な面持ちで目先の事に集中した。
彼が腰掛けている前のテーブルの上にはいくつもの卵が転がっており、その辺りには同じように色とりどりのマーカーペンが散らばっていた。ジョーは卵に絵を描いていたのだ。
「線が曲がっちゃうなあ・・前はけっこう上手く書けたのに。きっと卵のせいだ」
とまあジョーは自分の腕を棚に上げてそんな事を言っていたが、そもそもまるっこい卵に絵を描くなど至難の業だ。
ただ安心なのは、ゆで卵だと言う事だ。生卵だったらもっと神経を減らさなくてはならない。
そこへドアが開いて、健が入ってきた。ここは書斎だ。角っこに机と椅子があり、子供達がこうやって自由に本が読めるように博士が用意してくれたのでこうして彼らはちょくちょくやってきていた。
健は本棚に目を遣ったが、ジョーが座っている場所を見てそこへ近づいた。本より面白そうだと思ったのだ。
「・・・何やってんの?」
健はジョーに訪ねた。ジョーは振り返る事なく答えた。
「見りゃ分かるだろ、絵を描いてんだ」
「うん・・分かるけど・・・何でー」
「どうして卵に絵を描いてるんだ。そう訊きたいんだろ」
「うん」
ジョーは手を休めずに話しを続けた。
「お前は分からないだろうけど、イースターだからさ」
「・・・いー・・・」
「イースター。”復活日”のお祝いだよ」
「お祝い?誰の?」
「キリストさ」
健は隣に腰掛けた。
「あれ?キリストって・・お誕生日クリスマスでしょ?」
「クリスマスはそうだよ。でもね、その後殺されたんだ。そして蘇った。それがイースターさ」
「そう・・殺されたの。可哀想だね」
「うん、バカな人間の代わりにね。」
健は卵を手に取ってごく普通の人が抱く質問をしてみた。
「どうして”卵”なの?なんで絵を描くの?』
「卵は”復活”の象徴なんだよ。中からひよこが産まれるでしょ。新しい生命が出る、という事から”復活”の意味になったって。絵は・・・綺麗だからじゃない?僕が産まれた島ではあちこちに卵のオブジェが飾られていたよ。」
「へえ・・・楽しそうだなあ。いいな、ジョーの国って。色々なのがあるんだね」
「お前んところはないの?そういうの」
「分からないなあ・・・仏像は見た事あるけど」
「そうだ、お前もやってみるか?」
「うん、やらせて」
健は真新しい卵を手にするとワクワクした顔つきになった。ジョーはといえば、そんな彼を見てふふんと鼻で笑った。
やがてドアが開いて博士が入ってきた。
が、2人とも絵を描くのに夢中で博士が入ってきた事には気づいていないようだ。
博士はそっと彼らの背中越しに見てうなずいた。そういえば、今日はイースターか。欧米諸国ではとても大切な行事だ。
きっとジョーが描いているのを見て健もやりたくなったのだろう。健といえば、ジョーのをチラチラと見ながら、懸命に何かを描いている。
そんな彼らを見ているうちに博士は目を細めていた。思えば2人はあれから随分成長してきた。背丈もそうだが、精神的にも落ち着いて大きくなった気がする。子供がいる同僚はよく子の育成の大変さと楽しさを話しているが、博士はそんな彼らの気持ちが分かってきた。子を持つ親というのはこんな思いなのだな。
とそこへ家政婦が慌てたようにやってきた。
「ああ、博士。」
「どうしたんだね、そんなに慌てて。ネズミでも出たのかね?」
「もう、冗談はやめてください。・・・博士、申し訳ありません、今晩のメニューは変更いたします」
「ん?」
「メインの卵がーあっ、卵っ!」
家政婦は子供らのところへ行こうとしたが、博士は彼女を止めた。
「まあ、待ちたまえ。」
「でも博士、今日は子供達の大好きなオムレツを、と・・」
「今日は彼らの好きにさせてやろう。あれは、ジョーの国では当たり前の習慣なのだよ」
「卵に絵を描くのが、ですか?」
博士はうなずいた。
「さ、我々は行こう。邪魔すると何かが飛んでくるからね」
博士は家政婦の背中を押して部屋を出て行った。
2人といえば、まだ絵描きを楽しんでいた。まるっきり博士たちは気づかれないで済んだのだ。

そして綺麗に化粧した卵たちは居間の観葉植物やハンガー掛けに吊るされて飾られた。
オムレツは家政婦が新しい卵を買ってきたので無事に食卓に並び、平穏に食事が迎えられる事となった。
復活日にふさわしく春の優しい風が辺りを包んだ。


easter2016.gif

ー 完 ー


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この記事のコメント
美也子さんへ
こんばんは、ありがとうございます。

イースターの前週は「受難週」として礼拝を守りますが、それこそ教徒でない限り分からない部分ではありますね。

うちの教会でも、教会学校の子供達が卵に絵を描いたり、シールを貼ったりしてくれています。
家にもって帰るのはいいんですが、ずっとそのままにしていて昨年のが乾涸びているらしく、カラカラと音がします(爆)。

>キリスト教系の大学

私が行っていた短大は、特にその系統ではなかったけど、創立者がクリスチャンということで、校歌が賛美歌の節でした。大学は礼拝の時間があったんですけどね。
行事はなかったので、経験してみたかったです。

2016-03-28 Mon 18:25 | URL | kisara #X.Av9vec[ 内容変更]
じゃいらーんさんへ
こんばんは。

>宗派関係ないんですかね

美也子さんがお答えくださっていますが、キリスト教はみなイースターをお祝いします。そしてクリスマス以上に大切な行事でもあります。
日本ではどういうわけか、卵(とかウサギ)だけを取り上げて卵料理を食べようとか違う盛り上がり方をしておりますが、本当の意味を知らないで・・とクリスマス同様に「?」という感じです。まあ、らしいと言えばらしいですが。

>どうしても2が

ああ、そうですね・・・。
イエス様の復活は嬉しい出来事ですが、ジョーの場合はあまり歓迎できない出来事ですね。


>他の宗派

そう言えば、シチリアは他民族の影響が入り乱れているので、地方地方でイベントが違うそうですよ。実際に訪ねてみると楽しそうです。
2016-03-28 Mon 18:10 | URL | kisara #X.Av9vec[ 内容変更]
白井美也子さま

詳細な説明ありがとうございました。
教義の根幹、まさにそうですね。キリスト教徒の定義って、ざっくりいうとイエスの復活を信じられる人だとも言いますから(それだけはないですけど)。

正教会は儀礼重視だと聞きます。加えてロシアは仰々しいものが好きな国民性だそうで、だからああいうイースターエッグなのかも知れません。
他の宗派のイースターエッグも見てみたいですね。コプトとかネストリアンとか、どんな感じなんでしょう。

kisaraさま、コメントのなかで言葉が足りない部分がありました。
ちゃんとしたもの、のあとに、見たのは、をいれたつもりが入っていませんでした、ごめんなさい。
2016-03-28 Mon 15:15 | URL | じゃいらーん #ZIgbSyeQ[ 内容変更]
イースター
横レス失礼いたします。

ご承知の通り、シチリアはカトリック、モスクワはロシア正教(東方教会の一派)で、キリスト教の宗派が違いますが、
イースター(復活祭)はキリスト教徒にとっては、宗派を問わず、クリスマス(降誕祭)に次いで、重要な祭事です。
イエス・キリストが十字架にかけられて死に、三日後に復活したことは、キリスト教の教義の要というべきエピソードですから。

各宗派ともイースターのお祭り行事として、子供たちが卵の殻に、絵の具で色付けして遊んだりしますが、
大人が財力をかけて卵形のキラキラ宝飾品を製作するのは、ロシア正教の特徴ですね。

-----
日本で、キリスト教徒でない一般人は、イースターのことはあまり知らないでしょうね。
イースターは移動祝祭日で、日がはっきりしない点も分かりにくい一因だと思います。

あと時期的な問題で、
私はキリスト教系の大学に行きましたが、クリスマスは冬休み直前の大行事として一般学生も見ることができるのに対して、
イースターは春休み期間中の、知らないうちに終わっていた印象です(爆
2016-03-28 Mon 11:08 | URL | 白井美也子 #rjKQjGig[ 内容変更]
イースターエッグ
こんばんは。

イースターエッグ、ちゃんとしたものは、前にモスクワで見たロマノフ家のものくらいですね…。シチリアにもロシアにもあるということは、宗派関係ないんですかね?←異教徒なので疎いです、すみません。

しかし、ジョーで復活というとどうしても2が……、ああっ私ったらなんてことを(゜ο°;)
2016-03-27 Sun 19:12 | URL | じゃいらーん #PTRa1D3I[ 内容変更]
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