『お弁当』
2016-04-30 Sat 13:47

「このくらいだったかなあ」
ジョーは手を休めてこう呟くように言った。
「よく見とけば良かったぜ」
そう言いながらも、彼はまた”それ”を捏ね始めた。
薄力粉とセモリナ粉をよく混ぜ、生イーストを加えてまた混ぜる。そしてそこに残りの生地の材料を入れ、またよく混ぜる。
ジョーはそれを暫く置いた。イーストの発酵を待つためだ。
「こらこら、まだだよ」
彼は足元でじゃれるルナに言った。
「またお前の好きなのを作ってやるから、大人しくしてろよ」
ルナは分かったのか習慣なのか、にゃあと鳴いてまた彼の長い脚にじゃれついた。
「お前は、やっぱり生風の魚がいいだろ。”アグロドルチェ”でいいか」
”アグロドルチェ”というのは、特にまぐろを使う場合が多いが、薄力粉を混ぜてフライパンで焼き、白ワインで煮たものに、別に作った甘いマリネ液を掛けてさらに煮た料理だ。それならこいつも食べられるだろ。というわけだ。
ネコに限らずペットというものは、人間と同じものを食べてはならないのだが、どういうわけかルナはジョーが作るものを食べたがる。しかもとても幸せそうに食べてくれるのだ。彼の料理は特別らしい。まだ仔猫だというのに全く不思議だ。
「お前もお袋の味が分かるのか?ネコのくせに変だぜ」
ジョーはバッドにオリーブオイルを塗ると、発酵している生地を流した。そしてその上に、パッサータ、アンチョビ、にんにく、イタリアンパセリ、パルミジャーノ、細引きパン粉、そしてオレガノを順に乗せた。
これらは近頃出来た輸入品を扱うお店から仕入れる事が多い。この地に来て10年近く経つが、やはりどうしても故郷の料理が食べたくなるのだ。レストランはあるが、まだまだ本場の味には出会えない。だからジョーは、母親の作ってくれたものを思い出していたのだ。
さて、これからが長い。その生地に濡れたふきんをかけ、そのまま2倍になるまで約1時間発酵させるために置いておくのだ。
ルナは興味津々にマグロのマリネ付け・アグロドルチェを見つめた。食べたいのか、じっと見つめている。
ジョーはそんな彼女を見てふっと笑ったが、別のを作り始めた。これこそ定番のアランチーネだ。
彼は母親が作ってくれたそれを持ってよくアランと海の見える丘で食べた。アランチーネはラグー(牛ひき肉)入りの丸形とハム・チーズ入りの円錐形の2種があり、それを1個ずつ頬張るのが何よりも楽しみだった。
ラグーはしんなり炒めたタマネギと牛ひき肉を塩と黒こしょうで炒める。そしてパッサータ、少量のお湯とグリンピースを加えて水分を飛ばしながら煮詰める。最後にパルミジャーノを加えて完成だ。
そして円形に形づけた米に乗せ、ラグーを包み込むように米で被う。おにぎりを作る要領だ。
円錐形のは、中にハムとチーズを包む。これは食べるのも楽しいが、作る行程も楽しい。小さな頃は、よく手伝ったものだ。カテリーナはこれなら、といつもやらせてくれたのだ。
出来上がったライスボールに薄力粉をまぶし、溶き卵にくぐらせてパン粉をまぶして油でカラッと揚げる。香ばしい匂いが辺り一帯に広がった。
ジョーは先ほどからじっとそれを見上げているルナを見て、視線を戻した。
よっぽど腹が減ったのかな、と思いながらそれを引き上げると、発酵させていた生地をオーブンに入れた。
15分くらいしてそれを出し、粗熱を取って取り出し、適当な大きさに切り分ける。塩と黒こしょうを振り返れば完成だ。
「これはな、”スフィンチョーネ”って言うんだ。ピザトーストに似ているかな。親父はよくワインを飲みながらこれを食ってたっけな」
誰ともなく、ジョーはそんな事を話しだした。記憶の中に、美味しそうにスフィンチョーネを口にし、ワインを飲んでいたジュゼッペの姿がおぼろげながら残っていた。
「これなら外でも食べ易いだろ」
そう、ジョーはこれからルナを連れて、外で食べようと考えていたのだ。ちょっとしたピクニックだ。
彼には気に入っている場所があった。ちょっと遠いが、レース場近くの高台から眺める景色が最高で、彼は時々気分が乗らない時に来ては、時間の経つのも忘れて過ごす事があった。
ジョーは出来上がったものを包んで、ルナを高座席に乗せると、車を発車させた。
今日はとても天気がいい。ピクニックにはうってつけだ。
ジョーは高台近くの丘に上ると、腰掛けて包みを広げた。ルナはさっそくやってきてちゃんと座った。しつけたつもりはないのに、人間みたいなネコだ。
彼は彼女にマリネ付けのマグロを与えると、父親のようにスフィンチョーネの一切れを頬張った。フワフワとした食感とパッサータの酸味が美味しい。アンチョビが入って、なるほど酒が進むわけだ。
マリネを食べていたルナは、やはりアランチーネが気になるらしい。ごそごそと漁るように首を突っ込むと、あっという間に一つ咥えると、食べ始めてしまった。
「おい、ルナ。・・・大丈夫なのか?」
ネコにこんなもの食わせて・・と彼は心配したが、彼女は気にも留めずに美味しそうに食べている。
そんなに旨いのか?味が分かるのか?
ジョーがそんな事を思っていると、ふと彼の耳に懐かしい声が聞こえてきた。
『・・ふふ、ジョージくん、美味しいね・・・』
「・・!」
ジョーは思わず見渡した。
「・・・レナ・・?」
ふと彼は自分を見上げているルナと目が合った。彼女は首を傾げているように見える。
彼はじっと仔猫を見つめたが、やがてため息をついて再び姿勢を正した。
「・・まさかな。ちぇっ、幻聴か」
ジョーはすり寄ってきたルナを撫で、眼下にそびえる草原を見つめた。
やがてジョーは横たわり、目を閉じた。しばらく風に身を任せるようにじっとしていたが、眠ってしまった。ルナは彼のそばにやってきて丸くなり、同じように眠り始めた。



   
ー 完 ー



*今回は、以下のお題で作りました。

「誰かのためにお弁当を作っているコンドルのジョーをかきましょう。」
https://shindanmaker.com/149262


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この記事のコメント
じゃいらーんさんへ
こんにちは〜

>自分で作れそう

そうなんですよ!
これはシチリアの家庭料理の本を見ながら書いたのですが、日本にもそれこそ輸入食材たくさんあるので、作ってみたくなります。
以前にはミラノカツレツ作った事ありますが、美味しかったです。今度はアランチーネに挑戦してみたいです。

>それができなかったジョー

パパといつかは一緒に・・とか思ってたかもしれませんね。天国でそうしてたらいいのですが。

2016-05-01 Sun 15:23 | URL | kisara #X.Av9vec[ 内容変更]
美味しそう…(*゜Q゜*)
こんばんは。
どれも美味しそう!
しかも、自分で作れそうなのがいいですね。材料も、(現地なら)そんなに特別なものじゃないし。

キンと冷やした白ワインと一緒にいただくと美味しいだろうな、と思いつつ、それができなかったジョーが可哀想でもあります。
2016-04-30 Sat 22:20 | URL | じゃいらーん #PTRa1D3I[ 内容変更]
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