『休日』
2016-06-11 Sat 11:05

ジョージは台所に立つカテリーナの周りをうろうろしてたかと思うと、背を伸ばしてそっとその光景を覗いた。
彼の背丈では視線がまだシンクの中までは届かない。なのでこうして少し伸びをする必要があったのだ。
そんな彼を見てカテリーナはくすと笑ったが、澄ましてへらを動かした。
「ママ、何作ってるのー?」
「カジキのソテーよ。」
「お魚?」
「そう、この島はお魚がたくさん獲れるのよ。栄養あるし美味しく作るからね」
「うん」
ジョージはじっと彼女の手を見つめた。小さな彼にはこの手が何だか魔法の手のように思えた。何でも出来る不思議な手。そしてその手は優しく彼の頭を撫でたりする。そんな彼女の手がジョージは好きだった。
「明日、パパと3人でお出掛けしましょう。」
ジョージは顔を上げた。
「え?明日も一緒にいられるの?」
「ええ。お休みをいただいたの。ジョージはどこへ行きたい?」
「うーんと・・」
ジョージは考え込んだ。そしてこう言った。
「あのお山が見えるところに行きたい。海も見えるし、それと・・ジェラート屋のおじさん」
カテリーナはほほ笑んだ。

翌日。ジョージは早く目覚めた。
今日はママとパパとお出掛けする日。彼は夕べのうちに準備しておいた服に着替えた。
そして階段を駆け下りたが、ジュゼッペの声が聞こえた。カテリーナと話しをしているらしい。
「・・・というわけだ」
「そんな・・・」
「仕方ない、命令は絶対だからな。残念だが・・今日の外出は取りやめだ」
「・・あの子、とても楽しみにしてるのに」
ジョージはじっと彼らの会話を聞いていた。そうか、またお仕事に行くんだ。上の人から言われたんだな。
彼は特に動揺はしてなかった。いつもの事だったからだ。お休みだと言われても、こうしてダメになってしまうことはしょっちゅうだった。
ジョージは黙ってそのまま居間へと歩いた。そんな彼を見た両親は話をやめて彼を見つめた。
「・・ジョージ」
カテリーナは椅子に腰掛けたジョージに近づこうとしたが、彼はこう言った。
「僕、大丈夫だよ。慣れてるもん」
「・・・・」
「行ってきていいよ、お仕事行かないと怒られちゃうんでしょ」
カテリーナはうつむいた。ジュゼッペはそんな彼女の悲しそうな横顔を見て何かを思ったのか、そっと彼女に耳打ちした。
カテリーナは顔を上げて彼を見つめた。
ジュゼッペは黙ってうなずき、口づけた。
カテリーナはジョージのところへ来て隣に座った。
「ジョージ、ママと一緒にお出掛けしましょう。パパはお仕事だけど、1人で大丈夫だって。」
「え・・本当?」
「ええ」
ジョージは嬉しそうにカテリーナに抱きついた。
ジュゼッペはそんな2人を見て軽くほほ笑むと、奥へ引っ込んだ。

カテリーナはジョージの手を引いて石畳の道を歩いた。坂道が多く真上に来ている太陽の陽が眩しかったが、足取りは軽い。
「それでね、アランとね、アランのママと一緒にお弁当を食べたんだよ。そうだ、最近新しい子が来たんだ。町から来たんだって」
「そう、引っ越して来たのかしら」
「町ってどんなところだろうね、ママ」
「きっと素敵なところよ。ママはヴェネツィアが好きかしら。街全体が川になってて、大きなゴンドラに乗って行くのよ」
「いいなあ、僕も乗ってみたい」
「いつか行きましょうね、楽しいわよ」
2人はおしゃべりしながら坂を登ってやがて開けた場所へ着いた。ジョージは留守番している時の話題に事欠かさなかったし、カテリーナもそんな彼の話を聞くのが久しぶりだったせいかいつのまにか目的地に早く到着した気がした。
「ほら、お山が見えたわ」
そこの広場では地元の人や観光客で一杯で、みな遠くにそびえる雄大な活火山に見入っていた。
山頂からは白い煙が絶え間なく流れている。まさしく生きている証拠だ。
時々小規模な噴火を起こしては地元住民を驚かしているが、それでも彼らはこの山を愛していた。
ジョージとカテリーナも時間の経つのを忘れ、山を見つめていた。
やがてカテリーナはジョージの手を引いて今来た道を戻った。
「帰ったらドルチェを作りましょう。何が食べたい?ジョージ」
「ん・・・ビスコッティもいいし、アマレッティ・・タルトも好き」
「それじゃ、ココナッツのタルトにしましょう。Torta al cocco(ココナッツケーキ)よ」
「わーい、早く帰ろう、ママ」
ジョージはカテリーナの手を引っ張るように足を速めた。
「まあジョージ、あまり急ぐと転ぶわよ」
彼女はそう言いつつ笑った。

ジョージはずっと歩き回ったせいか、その日の夜はぐっすりと眠ってしまった。今までは読み聞かせをして寝かせるのが習慣になっていたのに今日はそれも必要なかったようだ。
カテリーナはそっと子供部屋のドアを閉め、階下へ降りた。
ジュゼッペはそんな彼女を労るかのようにミルク入りのコーヒーを目の前に置いた。
「疲れたか?俺もいたかったが・・まあ母親が側にいただけでもきっと満足しただろう」
彼はずっと下を向いているカテリーナを不審顔で見た。
「どうしたんだ、カテリーナ。楽しくなかったのか?」
するとカテリーナは顔を上げ、こう言った。
「辞めたいのよ、辞めてずっとあの子と一緒に暮らしたいの」
「・・・」
「無理かもしれない。でも・・もう耐えられないのよ」
ジュゼッペは目を伏せたが、彼女を見据えた。
「出来ればそうしたいが・・」
「私は・・・私は、”人間”だし、”母親”でもあるわ、血も涙もない殺人鬼になりたくない、人間らしい暮らしを取り戻したいのよ!母親なのに子供の成長を見てあげられないなんてー」
カテリーナはそう叫ぶと、部屋を出て行ってしまった。
ジュゼッペは、目を閉じ、うつむいた。そしてつぶやいた。
「・・・そうだな・・・もう限界だな・・」



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